出演メンバー
荒野姫楓 池田楓 伊藤実希 井上瑠夏 奥野心羽 鎌田菜月 佐藤佳穂 篠原京香 藤本冬香 松本慈子 倉本羽菜 近藤海琴 中坂美祐
2025年9月28日(日) チームKII「シアターの女神」公演 藤本冬香 卒業公演
こちらから観ることが出来ます
配信期間: 2025/09/29 ~ 2025/10/28 23:59
卒業セレモニーブロック
セットリスト
| 曲順 | 曲名 | 備考 | |
|---|---|---|---|
| M1 | 夢へのルート | 中坂美祐さん大丈夫 AKB48 チーム8 |
|
| M2 | 愛の数 | ||
| お手紙、卒業スピーチ | |||
| M3 | ウイニングボール |
























お手紙:荒野姫楓さん




7年目にもなると、加入当初のことなんて正直あんまり覚えていないんだけど、ふさんは覚えていますか?
9期生は最初20人近くいて、小さな学校のひとクラスみたいな人数なので、もちろんあんまり話さない子もいて、ふさんと私はそんな関係だった気がします。
ふさんの話を聞くたびに、「9期の最年長なのになんてお茶目な人なんだろう」と思ってました。
名古屋での生活にも少しずつ慣れてきたある日、前髪を斜めに分けたふさんを見て、その可愛さにびっくり。その瞬間から私は、同期なのにふさん推しになってしまいました。
仲良くなりたくて一生懸命話してたんだけど、
ふさん「話しかけてきたんだけど、なんでこんな急に喋りかけてくるようになったんだろう」って思ってた。
ひめたんさん「そうだよね。なんかあんま感触良くないなって思ってたんですよ(笑)。これってさ、姫からの手紙。
ひめたん「そうだよ、うん、私の手紙。」
(手紙に戻る)
去年の大晦日から元旦にかけて、池田とふさんと私の3人で過ごしたね。
二人は加入当初からずっと仲が良かったので、私はお邪魔かなと思っていたのですが、そんな心配はいらないくらい仲良くしてくれて、本当に嬉しかったです。
ふさんが私に年越しそばをもてなしてくれようとしたのですが、私はそばがあまり得意ではなかったので断りました。
でも、ふさんが食べているそばがあまりにも美味しそうで、結局ほとんど奪って食べてしまいました。あの年越しそばが世界で一番美味しかったです。
ふゆっぴさん「それから私はひめかのことをハクビシンと呼ぶようになりました。」
(手紙に戻る)
私は「害獣」呼ばわりです。
そのまま3人で熱田神宮へ初詣に行ったとき、私は心の中で「この3人が同じチームになれますように」と祈ったんです。
すると、その数時間後の組閣で本当に叶ってしまって、この劇場で発表されたときは厳かな雰囲気だったのに、大はしゃぎしてしまったのを今でも覚えています。
人生で一番楽しい大晦日と元旦でした。
同じチームになって一緒にいる時間が長くなるたびに、お茶目な最年長から、仕事に熱心なしっかり者へと、私の中でのふさんの印象がどんどん変わっていきました。
少しの空き時間があったら即、野球を見に各地の球場へ向かう。でも、野球観戦してる時に仕事の連絡が来たらすぐに名古屋に戻る。
そんな責任感の強さと行動力にあふれたふさんは、これからきっと私たちが悔しくなるくらい活躍してくれると思います。
これからは、急な予定を気にせずカープの試合楽しめるね。
好きなことで輝いていく姿をずっと応援しています。そして、広島のスターになったふさんの食べているご飯をまたこっそり奪いたいです。
一緒に過ごした時間は私の宝物です。本当にありがとう。
アイドル、お疲れ様でした。
ひめかより
お手紙:池田楓さん




卒業おめでとう。
自分がふゆちゃんを見送る側になるなんて思いしなかったです。
ふゆちゃんと出会ったのは7年前。初めて話したのは、確か大きなキャリーケースを持ってレッスン場の外に並んでいた時かなと思います。
「どこから来たんですか?」「広島です」「えっ!」「ハムスター飼ってるんですよね」こんな会話を最初にしたような気がする。
一番出身地が近くて、動物が好きで、レッスンにいつもついていけずに残り、グミが好き。5つの共通点から、「私はこの子と絶対に仲良くなれる」って思っていたよ。
アイドル活動が始まってからは、順風満帆に進むことばっかりじゃなくて。
ふゆちゃんは特に、乗り越えないといけない壁がたくさんあったよね。
きっと何度も何度も心が折れかけたよね。だけど、ふゆちゃんはSKEに入るにあたっての覚悟、全てを広島に置いてきたから。そして、ふゆちゃんには目指している、叶えたい夢があったから、ここまで頑張ってくれたんだよね。
一つ一つ夢を実現させていく姿はとってもかっこよくて、夢が叶うたび、自分のことのように嬉しかったです。
ふゆちゃんのファンの皆さんも同じ気持ちだったんじゃないかなと思います。
頑張り続けてくれてありがとう。
ある握手会終わりのホテルで、東京タワーと都会の夜景を見ながら、自分たちの人生について語り合った日もあったね。
なかなか眠れなくて夜中に電話をしたり、ずっと連絡を取り合った日々も懐かしいです。
何度ふゆちゃんの存在に救われたかわからないぐらい、ふゆちゃんが支えだったよ。ふゆちゃんにとってもそうであれていたら嬉しいな。
この半年間、同じチームKIIとして活動できたこと、本当に本当に楽しかったし、思い出がたくさんできた、本当に濃い半年間だったね。
ふゆちゃんのこれからが、笑顔にあふれて幸せな毎日になることを、少し離れた場所からだけど応援してるね。
何かあったらいつでも駆けつけるし、ずっとずっと味方だから、遠慮なく連絡してね。
カープが負けてイライラすることとか、そういうことでも全然いいからね。
本当に友達になれて良かったです。
一緒にガチャガチャしに行こうね。大好きだよ。
ふさんの相棒、いさんこと、チームKIIの池田より。
藤本冬香さん 卒業スピーチ




今日はこんなに素敵な卒業公演を開いてくださって、力を貸してくださった全ての方に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
お手紙は同期のひめたんとと、かえにゃんからでした。組閣してからより大好きになって、同じ時間をたくさん過ごしてきた二人から最後にお手紙をもらえたことがすごく嬉しいです。ありがとう。
改めて、今日は私のアイドル人生最後の日を見てくださって、配信でも見てくださって、ここに来てくださって、本当にありがとうございます。
私は小学校6年生の時にAKB48さんを見てアイドルが好きになりました。音楽番組にかじりついてみたり、グッズをたくさん集めたり、CDを聞いたり、MVの振りを真似して踊ったりと、趣味としてファンとして楽しんでいました。いつの日からか趣味が憧れになって、「自分もなりたい」と思うようになりました。
初めてアイドルのオーディションを受けたのは高校1年生の頃で、初めて受けたのに最終審査の一歩手前のところまで行きました。最終的に落ちてしまったんですけど、そこで落ちたことで「より私ってアイドルになりたいんだな」という思いが強くなり、そこからいろんなオーディションをたくさん受けるようになったのですが、結局アイドルになれずにいました。
そんな中、年齢は重ねて二十歳になり、そろそろ本当に将来のことを考えないといけないなと思っていたタイミングで、SKE48の9期生のオーディションを見つけました。年齢制限もギリギリだったので、「もしこのオーディションを受けて落ちたら、違う夢を頑張ろう」と思って受けた、もう多分最後だと思って受けたオーディションでした。
失うものが何もなかったのが逆に肩の力が抜けて良かったのか、オーディションではなんと金魚のものまねをしたりとかして、受かることができました。「落ちたら違う道を目指そう」とは思ってはいたものの、きっと落ちていたら「一生アイドルになりたかったな」と思いながら過ごす人生だったと思うので、私を獲ってくれたSKEや、どういう会議があって、どういうオーディションで「藤本いいね、あの金魚」となったのかわからないんですけど、誰が獲ってくださったのかわからないんですけど、もしどこかで私をいいなと思って獲ってくださった審査員の方とかいたら、感謝の気持ちを伝えたいです。私をアイドルにしてくれたSKEには感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
でも、アイドルになれたものの、実際になってみたら周りはもうたくさんのメンバーがいて、たくさんの魅力があって、「私ってなんて魅力がない、人を惹きつける強みのない人間なんだろう」って悩む日々でした。
正直なところ、私はアイドル向いてなかったなって思うんですけど、それでも7年間やってこられたのは、こうして周りで一緒に頑張ってくれるチームのみんな、メンバーのみんなだったり、支えてくれる周りの人やファンの方がいたから、ここまで頑張れたと思います。改めて感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
そして、生誕祭とかでも何度も言ってきたんですけど、私は4つの夢を掲げてSKE48の活動をしてきました。
・SKE48の選抜メンバーに入ること
・地元広島でお仕事すること
・それ行けカープに出ること
・マツダスタジアムでの始球式をすること
この4つともすごく高い目標で、7年前の加入当時、研究生の頃から周りの大人の方々だったり、周りの人やファンの方からも「やらせてあげたいけど難しいんだよ」とずっと言われ続けていました。その言葉の通り、6年間何の夢も叶いませんでした。本当に苦しい6年間でした。
でも、逆に「できない、できない」と言われていることが私自身とても悔しくて、「なら自分の力で掴み取って、みんなをギャフンと言わせてやろう」と思って、そこから発信だったり、自分でたくさん行動したら、なんと去年、6年目にして3つが一気に叶いました。
6年という長い時間がかかってしまったんですけど、紛れもなく自分とファンの人で掴み取った目標だと思うので、本当にファンの人や周りの方に改めて感謝の気持ちを伝えたいです。
マツダスタジアムでの始球式についてなんですけど、これは卒業発表をした時にファンの方に「もう一つの夢は叶えなくていいの?」と本当にたくさん言われました。
これに関してなんですけど、私はSKE48の活動をする中で「もう無理だ」って思うことがたくさんあって、何度も「やめたいな」って正直思ってたんですけど、その度に「後悔」についても考える時間がたくさんありまして。
私が最終的に出した結論は、後悔というのは「やれることがまだあるのにやらずに諦めてしまったら残る」ということ。自分にできることを120%やった上で叶わない目標は、それはもうやりきった上でなら後悔しないんじゃないかな、という結論に至りました。
それを考えた時に、私は4つ目のマツダスタジアムでの始球式という夢を叶えるために、本当にできることを100%やりきったと胸を張って今言える状態です。
SKEの中で誇れるものはあまりないんですけど、野球に対する愛だったり、カープに対する愛だったりは絶対誰にも負けないですし、お仕事がない日はどこにでも球場に向かっていたし、お仕事があって見れない日は野球の配信を毎日見ていました。年間プロ野球は143試合あるんですけど、私、これ言ったことないんですけど、243試合全部見て、全部メモしてるんですよ、試合の内容とか。それでいつ野球の仕事に呼ばれても、どの試合でも話ができるようにしていました。
野球に対する思いは人一倍だし、発信もたくさんしてきたし、振り返った時にマツダスタジアムで始球式をするために私にできることはもうここではやりきったと心からそう思うことができるので、この4つ目のマツダスタジアムでの始球式は、次のステップでバトンを託そうと思いました。
そして、この衣装にも繋がるんですけど、皆さん、なんか卒業ドレスって感じしないのわかります?普通って結構ね、大きいドレスを着たりとかしてると思うんですけど、私は本当にセンスがなくて、ファッションとかも全然疎くてですね、どうオーダーしていいかわからなくて。
3個だけ譲れない点がありました。
・真っ赤なドレスであること
・私らしい、他人とかぶらない個性を爆発したドレスであること
・もう歌って踊ることないと思うので、SKEらしく歌って踊れる衣装にして欲しいこと
この3点だけを伝えさせていただいたら、衣装さんがこんなに可愛い衣装を作ってくださいました。
そしてですね、耳を見て欲しいんですけど、バットとボールがついてるんですよ。耳までこだわっていてすごい嬉しいなって思うんですけど。
この制作過程で夢の話に繋がるんですけど、衣装さんと「いつか次のステップでマツダスタジアムでの始球式ができた時には、この衣装を着て始球式ができたらいいね」という風に話していて、私もそういう風に、次のステップにこのバトンを、衣装というバトンを持って進みたいなという意味を込めていただきました。私もそういう風に思っています。
そして、背番号が後ろ48なんですけど、これも背番号何番がいいって聞かれて、4月3日なので43にしようかなとか思ったりしたんですけど、やっぱりずっとなりたかった48グループなので、48を背負ってやめたいなと思ったので48にさせていただいたのと、もし次のステップで始球式ができるってなった時に、「48じゃないのに48つけやがって」とかちょっと思われずに。始球式もいろんな条件とかがあると思うので、この衣装でできないかもしれないんですけど、いろんな条件が合致してこの衣装を着てできますよってなった時には、「ふゆの長年の夢がバトンと共に叶ったんだな」という風に見守ってくださったらすごい嬉しいので、私はこの衣装と共に次のステップに進みます。
今日もたくさんの方が見に来てくださったんですけど、公私ともにお世話になって本当にありがとうございました。
私は環境が変わるのがすごく苦手なタイプなので、広島から出てきて一人でやっていけるかなと思ったんですけど、もう公私ともにすごく良くしていただいて、本当に楽しくて、愛知、名古屋は第二の故郷だなという風に思います。本当にSKEで良かったなって思います。本当にありがとうございます。
メンバーもね、大好きなの。本当に。ありがとう、本当に大好き。本当に本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。
私がなりたかったアイドルに7年間させてくれて、本当に本当にありがとうございました。一生忘れません。ありがとうございます。





最後
本当に自分の人生でアイドルの期間があったということは、もう生涯の宝物です。
出会ってくれて、ありがとうございます。
みんなが私のことを応援してくださらなければ、アイドルってできないと思います。
だからこそ、みんなが私をアイドルにしてくれたのだと思っています。
本当に本当に7年間ありがとうございました。
みんなのことが大好きです。










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